須坂市探検隊スペシャル第1弾

須坂クラシック美術館

「須坂市探検隊スペシャル」では、探検隊が建築の専門家の案内を受けながら取材した内容をご紹介します。
第1弾は「須坂クラシック美術館」。ご案内いただくのは須坂市で建築業に携わる水越正和さんです。


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現在須坂クラシック美術館となっている建物は、江戸時代から呉服商を営み、須坂藩の御用達も勤めた牧家の牧新七が建造しました。
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古瓦に残された年号から明治13年に建造と推定されています。
大正期に越寿三郎が譲り受け息子の栄蔵の住まいとし、昭和8年(1933)に本藤家が譲り受けました。その後、平成7年(1955)に須坂市が譲り受け、須坂クラシック美術館として活用されている建物です。


須坂クラシック美術館の建物は、「長屋門」「土蔵1F/2F」「主屋1F/2F」「上店1F/2F」で構成されており、今回はその中でもお金をかけて作ったであろう場所について、細かく説明をしていきます。


■長屋門<ながやもん>
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この建物に来たお客様がまず目にするのが、この長屋門。明治時代前期に建造されたと推測される門全体が、貴重で高価なケヤキ材でつくられています。
両開きの扉はケヤキの一枚物で作られ、その一枚が今の価格で40万円~50万円ほどもするそうです。しかもその板が左右2枚使われているという豪華さ。
さらに、その横を支える角材にいたっては1本70万円~80万円、上の梁<はり>ともなると1本で100万円以上はかるくつくと推測されるの木材ばかりです。

いずれも今では同じものを手に入れることのできない木材であろうということでした。

天板はケヤキの薄板を使用していますが、ケヤキの曲がりを防ぐように裏で支える木が必要となります。ケヤキの曲がりには、同等の硬さのケヤキでなければ負けてしまうのでケヤキが使用されています。

この門の価格は現在の価値で、木材だけで1千万円位。そこに職人の手間などを考えるとそれ以上は掛かっているのです。


■土蔵<どぞう>
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土蔵の基礎は、長野県北信地方独特の「ぼたもち石積み」とよばれる石垣です。
石の表面の丸みを活かし、まるで牡丹餅のように置かれていることからそう呼ばれるようになりました。
石と石とが「アリの通る隙間も無い」ほどの正確さで積み上げられています。
電動工具や重機など無い時代、石を運ぶのには牛を使い、一段積むのに職人が4日も必要な作業だったと伝えられています。現在ならば1個の石を加工するのに10万円ほどかかると推測されます。
現在この土蔵には見えているだけで44個のぼたもち石積みがあるので、簡単に計算すると440万円かかる計算になります。


4.jpg土蔵の入り口と窓には重厚な土の扉が設置されています。防火のために段をつけられた扉なのですが、直角では閉まらなくなってしまうために、微妙な角度をつけられているほか、土を盛る際にも「少し盛っては乾かし、乾いたらまた盛る」を繰り替えす手間と時間のかかる作業によって作られています。
現在この扉を作れるほどの技術をもった職人は少なく、この土蔵の入り口の大きさで、一枚作るのに200万円くらいかかるそうです。

扉は一箇所に2枚あるので、クラシック美術館の土蔵の入り口でおよそ400万円くらいはかかると推測されます。

扉に取り付けたれた金具は「八双<はっそう>」とよばれます。

この金具は、鉄を叩いて形にする鍛造<たんぞう>によって作られているため、強度のある鉄によって作られています。


■母屋<おもや>

受付を通り、順路に従って主屋に入るのですが、現在の母屋入口になっているところは、この建物が使われていた当時は味噌部屋だったそうです。この部屋の柱に艶がないのは、そうしたことが理由のようです。柱自体はしっかりとしたケヤキですので、「磨けば絶対に光る」とのことでした。

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当時の玄関は、入って右側にあります。
磨き上げた切り石の大きな沓脱石<くつぬぎいし>が今も置かれています。
この沓脱石は、地石と呼ばれて、この須坂で取れた石でできています。大きな丸い石を手作業で立方体に割り、磨いてできる品で現在同じものを同じ作業で作ろうとすれば、50万ではきかないという話でした。


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昔玄関だった入り口から表に出ると、今も少しだけ庭を見ることができます。
外から母屋を望むと、まず目に付くのが玄関上からずっと続く「組子」と呼ばれる木を組み合わせた飾り、そして屋根を支える垂木<たるき>の下に、これまた玄関からずっと向こうまでつづく一本物の虹梁<こうりょう>とよばれる丸太が横たわっています。
この丸太は杉の木なのですが、これほどの長さでも左右の太さが変わらない丸太は珍しい。
そうとう長い木からとったということと、須坂市近郊の杉では、成長が遅いためにこのような木にはなりにくいとのこと。ということは、成長の早い南の方からわざわざ運んできたということになるのです。

これだけ長い木をどのよう運んできたのでしょうかね。
現在の価格で100万円はくだらないそうです。もちろん運賃は別ですよ

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建物の扉などに使用されているガラスを斜めから覗くと歪んでいることがわかります。
これは手焼きによって作られたガラスならではのことなのです。
さらに、日本でガラスが作られるようになったのは明治38年のこと。この建物は明治初期に作られたので、これらガラスは輸入したものだったのです。
当時は高価だったガラスをこれだけ多く使っていることからも、この建物が贅沢に建てられていることを伺いことができるのです。


主屋内に入り、一番目に入る部屋は客間といわれる部屋です。お客様が必ず通る部屋なので、この部屋は見栄えが良いようにお金を使って作られています。
まずは、圧倒的な存在感を示している「胴差し<どうさし>」と呼ばれる梁<はり>。
厚いケヤキの一本物で部屋の四方を固めています。門にあった梁よりも厚いこの木は、現在の相場で1本100万円程度とのこと。
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また、座敷へと続く引き戸にはケヤキの「玉目<たまもく>」という複雑で貴重な木目の一枚板が使われています。
玉目は通常の木目の数倍の価値があり、値段も格段に変わってきます。この引き戸に使われている大きさで一枚あたり20万円くらいの価値はあるかと推測されます。


座敷に入ると、その奥に床の間があります。床の間の板床は、ケヤキの一枚板で作られています。この厚さでこの大きさでは、現在手に入れるとすると1枚で140万円以上はするとのこと。
9.pg この座敷を支えるケヤキ柱に目を向けてみると、全てが縦の木目で統一されていることに気がつきます。この柱は柾<まさめ>と呼ばれる木目で、1本の木からわずかしかとることのできない角材です。中でも年輪の細かいもののほうが太くなるのに時間のかかっったということで価値があります。

クラシック美術館の柾の木は、どれも木目がとても細かく、高価な角材を使われているのです。
もしも現在この木材が手に入ったとするならば、1本で30万円程度はすると計算されます。それが部屋の中に数本もあるのですから驚きです。
縁側の床板にもケヤキが豊富に使われています。



座敷の奥には、奥座敷という部屋があります。
奥座敷にも床の間があり、そこには「落し掛け」という上に掛け渡した横木があります。この木は南方で伐採される「鉄刀木<たがやさん>」というかわった木が使われています。
今でこそ床の間に珍しい木を使うことが多くなりましたが、明治も初期にこのようなことをしているのは大変珍しく、それだけ裕福であったといえるのです。その横には、座敷の床板よりも大きなケヤキの床板、ケヤキの違い棚が設けられています。
全てが今では手に入らないほどの木材ばかりで作られているのです。

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この奥座敷のさらに奥には、主人のお供が待機する小部屋が設けられています。その小部屋との間の障子には、それは細かく芸術的な「組子<くみこ>」の飾りが施してあります。もちろん全てが手作りで、これだけ細かいものだとかなりの腕をもった職人によって作られたと考えられます。


奥座敷より書斎部屋を通り2階へと上がる階段へ向かいます。途中、全ての襖<ふすま>を閉めると、部屋と部屋の間に廊下ができることがわかります。この廊下は、客人に料理などを運ぶ際に使用人たちの姿が見られないようにするための通路であり、そして、客人に料理やおもてなしをする際には、サッと出てこれるように控える場所でもあったそうです。 広い屋敷だけあり、こんな工夫もあるのですね。
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書斎横の2階へと続く階段の側面には、三角形の収納を見ることができます。
現代の家では、このようなところに収納があるのは珍しくありませんが、明治時代にこのような形の収納があるなんてハイカラですよね。
書斎側の収納の扉は杉で作られ、反対側の収納扉にはケヤキが使われています。お客様は主人のプライベート場所である書斎には入らないので、お客様が見る可能性のある場所のみに高価なケヤキを意識して使ったことがわかります。また、収納の上部に「鯉の滝登り」を描いた埋木を見ることができます。これらは木の節を利用し、職人が仕事をさせていただいたお礼の一つとして粋な飾りをしたのだそうです。
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階段に目を向けると、全てがケヤキで作られていることがわかります。しかも滑り止めが削り出しになっています。
普通滑り止めというと、細い木を打ち込むか溝を作るのですが、この階段は他の部分を無駄に削ることで滑り止めを作っているのです。ケヤキをこれほど削るなんて贅沢ですよね。 階段を登るときに、まるで存在を主張をするかのように、足の裏で滑り止めに違和感を感じる気がしました。
総ケヤキ作りの階段ですので、「けこみ板」にもケヤキが使われています。しかも、階段の下に立ち、丁度目のいく高さのけこみ板には玉目が使用されているのです。細かな配慮ですのね。 この階段一式を、現在作ると想定すると材料費だけでおよそ300万円はかかるだろうという話でした。
奥には使用人が使う階段がありますので、比べてみるとその違いは歴然です。




上店<うわみせ>
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この場所は、呉服商を営んでいた牧新七によって、店舗として使用された場所です。現在奥の展示ケースとなっている所が店舗の入り口でした。
須坂市の福島宿を起点に、関東方面への近道として賑わった大笹街道は、仁礼宿を前に旧須坂町を横断します。須坂町への玄関口に建てられたこの建物、しかも、道路に面したこの店舗へは、多くの人々が出入りしたことでしょう。
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お客様が出入りする入り口には、邪魔となる柱を立てるわけにはいかないので、胴差<どうさし>に太い木材を使い広い入り口にしまた。この胴差に使われている木は一本物のケヤキで、幅60cm、長さ10mもあります。このクラシック美術館の中では一番大きな柱となります。
木目は普通とはいえ、この幅と長さからすると、これ一本だけで100万円はくだらないとのことでした。
材料の価格に運送代、加工代を含めるととんでもない価格になることが想像つきます。


上店2階
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1階奥にある細くて急な階段は上店の2階へと続きます。この建物が店舗として使われていた頃、この2階へは一般の人の出入りは無かったそうです。在庫などを置く倉庫として使われたのですね。 現在は天井を支える柱が見えていますが、当時は天井板が貼られていたのでした。
須坂の最高積雪量は83cmなのだそうです。仮に、それだけの雪が降ったとすると、1平方センチメートルあたりの重さは160kgにもなります。それだけではありません。昔の瓦は今のものほど良い物ではなく、厚くて重い、そして隙間ができるので水が漏れてしまったそうです。そこで瓦の下にも粘土を塗ることが一般的でした。
粘土、瓦、そして冬の雪。それらの重さを支えるためには、この上店2階で見ることのできる柱の太さくらいは必要なのでしょう。この蔵の作りで面白いところは、中引きに対して上下に梁を組むことで、重みを分散させる技術を用いているところです。 柱のところどころに建築当時の墨を見ることができることも興味深いですね。



長くなりましたが、クラシック美術館の建物について紹介をさせていただきました。
文章の途中に出てくる具体的な価格は、このクラシック美術館の建築に詳しく、自ら建築業を営んでいらっしゃる水越先生にお聞きした内容を参考にして設定をいたしました。
どの価格設定も、あくまで材料が現存したことを仮定しての価格ですので、正式な価格では無いことをご理解ください。また、新たなことがわかり次第、その都度修正をしていきます。


この記事を元に、たくさんの方々がクラシック美術館を見学し、そしてこれだけの建物が作り出す雰囲気に直に触れていただけると幸いです。


■紹介施設
須坂クラシック美術館
住所
〒382-0087
長野県須坂市大字須坂371-6
TEL/FAX
026-246-6474
ホームページ
http://www5.ocn.ne.jp/~su-bunka/classic.htm

案内:水越正和先生
取材、記事、写真:須坂市探検隊長 小林義則

取材日:2009/05/19
更新日:2020/03/30

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