須坂

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中町の笠鉾

須坂市の祭
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須坂の歴史、伝承

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須坂の歴史、伝承

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青面金剛庚申塔

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芝宮の太鼓橋

神社
須坂の歴史、伝承

天満社門柱

石碑・文学碑
神社
須坂の歴史、伝承

芝宮神社振興殿 

神社
須坂の歴史、伝承

中島淡水頌徳碑

石碑・文学碑
神社

小田切象治翁頌徳碑

石碑・文学碑

住吉屋穀店

歴史的建造物
須坂の町並み

豊太閤護持佛碑

石碑・文学碑
須坂の歴史、伝承
須坂の町並み

国定忠治地蔵

須坂の歴史、伝承
石神・石仏

旧升一田中製糸 迎賓館

歴史的建造物
須坂の町並み
須坂の歴史、伝承

泉小路

須坂の町並み
須坂の歴史、伝承

上町小路

須坂の町並み

枠屋 丸山家

歴史的建造物
須坂の町並み

勝山家

歴史的建造物

田中下屋敷

歴史的建造物
須坂の歴史、伝承
須坂の町並み

水内屋小路

須坂の町並み

西麹屋 小田切家

歴史的建造物
須坂の町並み

旧角一製糸

歴史的建造物
須坂の町並み

秋葉社

神社

須坂昭和倉庫

歴史的建造物
須坂の町並み

寺町通り

須坂の町並み

弥栄神社

神社

立町天満宮跡

遺跡
神社
須坂の歴史、伝承

陶工 吉向の碑

石碑・文学碑
須坂の歴史、伝承

須坂市の祇園祭

歴史文化財
須坂市の祭
神社

小田切家のナシの木

歴史的建造物
須坂の歴史、伝承
建築物について

聖徳太子絵伝について

歴史文化財
須坂の歴史、伝承
寺院・お堂

塩屋さんの雛飾り

季節の風景・イベント
須坂の歴史、伝承
須坂市のお店を探検

小林一茶句碑

石碑・文学碑

御射山祭り

須坂市の祭
季節の風景・イベント

2007年 須坂祇園祭

須坂市の祭
季節の風景・イベント

箕由の句碑

石碑・文学碑

塩の園 上原家

歴史的建造物

須坂小学校正門の桜

須坂市内の桜

須坂市民体育館前の桜

須坂市内の桜

旧上高井郡役所の耐震工事

須坂の町並み
建築物について

春木町の道標

須坂の道標
須坂の歴史、伝承
須坂の町並み

寿泉院

寺院・お堂

翁塚「蓑虫塚」

須坂市内芭蕉句碑
石碑・文学碑

佐藤家(宇治乃園)

歴史的建造物
須坂の町並み

旧家が並ぶ春木町の町並み

須坂の町並み
歴史的建造物

高庄 高橋家

歴史的建造物
須坂の町並み

旧須坂藩足軽長屋

歴史的建造物
須坂の町並み
須坂の歴史、伝承

旧田中別邸

須坂の町並み
須坂の歴史、伝承
建築物について
歴史的建造物

御射山祭

須坂市の祭

馬場町の笠鉾

須坂市の祭
歴史文化財
須坂の歴史、伝承

東・南・北横町の笠鉾

須坂市の祭
歴史文化財
須坂の歴史、伝承

新町の笠鉾

須坂市の祭
歴史文化財
須坂の歴史、伝承

春木町の笠鉾

須坂市の祭
歴史文化財
須坂の歴史、伝承

上中町の笠鉾

須坂市の祭
歴史文化財
須坂の歴史、伝承

立町の笠鉾

須坂市の祭
歴史文化財
須坂の歴史、伝承

須坂祇園祭 神輿

須坂市の祭
須坂の歴史、伝承
歴史文化財
神社

山丸一番館

歴史的建造物
歴史文化財
須坂の町並み

翁塚「時雨塚」

須坂市内芭蕉句碑
須坂の歴史、伝承
石碑・文学碑

太子堂 聖徳太子絵伝

歴史文化財
寺院・お堂
須坂の歴史、伝承

時の鐘

須坂の歴史、伝承
歴史文化財

生糸改会社

須坂の歴史、伝承
須坂の町並み

奥田神社への有名参拝者

石碑・文学碑
神社

須坂の小京都

須坂市内の桜

線彫り絵像碑

石神・石仏
須坂の歴史、伝承

横町の庚申塔

石神・石仏

須坂町営水泳場

須坂の歴史、伝承

稲荷神社

神社

子育て呑龍

石神・石仏
寺院・お堂

芝宮神社の手水舎

建築物について
神社

須坂教会

須坂の町並み
須坂の歴史、伝承

東山魁夷石碑

石碑・文学碑
須坂の町並み
須坂の歴史、伝承

墨坂神社芝宮参道

須坂の町並み
神社
須坂の歴史、伝承

この灯籠には十二支の彫刻がしてあり、お宮側より酉<トリ>から始まり未<ヒツジ>まであります。
酉の灯籠は昭和8年に建てられたもので、順に戌<イヌ>が昭和9年、亥<イ>が昭和10年・・・と続きますが、昭和18年に

福島正則公遺蹟碑

石碑・文学碑

福島正則が須坂で暮らしたことはなかなか知られていません。寿泉院の山門は福島正則が高山村の陣屋に移る際に寄付したものなのだそうですよ。

福島正則は治水に力を入れ、高井地方の土地を検地し、小布施の栗林を拡張し、松川

招魂社

神社
須坂の歴史、伝承

清泉亭の春日灯籠

須坂の歴史、伝承

越寿三郎は、長野県須坂市が製糸業で栄えていた頃に、製糸王と呼ばれた偉大な人物。

「越寿三郎」が22歳だった明治18年に製糸結社「俊明社」の創業と共に入社。
明治20年には自ら「山丸製糸所」を創業し「山丸組」を創立しました。
その後、俊明社の取締役社長になったり上高井銀行(現八十二銀行)を創立したりと、ここでは書ききれない程の偉業を成し遂げるのですが、その偉業の1つに明治36年に製糸工場の合理化を目的とした「信濃電気株式会社」を創立があげられます。

信濃電気㈱は、後に買収、合併をして、現在の中部電力の元である「

柳島山 勝善寺

寺院・お堂

今でも全国の真宗大谷派寺院の中でも8ヶ寺に数えられるほどです。
勝善寺は、創建地の柳原より須坂市の八町に移り、元和9年(1623)に須坂藩主の招きによって現在地に移りました。


第16代住職の大明院真兼(小沢左膳)は、享保20年(1735)に勝善寺14代住職海秀の4女のもとに婿にきました。真兼の母は、水戸光圀の曽孫にあたることから

北向観音堂

寺院・お堂

インドで作られたこの仏像は、中国、朝鮮へと移り、「文禄の役(1592)」で朝鮮に出兵していた宇喜多秀家が国王から譲り受けて持ち帰り、豊臣秀吉に献上したのです。
秀吉はこの仏像を大阪城に祀ったところ、度々の災厄から免れることができたため、厄除け観音といわれ、「豊太閤護持仏」とも呼ばれたそうです。
初代須坂藩主 堀直重の父方は尾張国(愛知県)中島郡奥田の出身で豊臣秀吉に使えていました。しかし直重は「大阪冬の陣・夏の陣」で徳川家の証人(人質)として徳川側に使え、そこで手柄を立てたことで徳川秀忠よりこの観音像を賜ったのです。

以上で

三社

神社
石神・石仏

祠の周囲に石垣を廻らせた約100㎡の境内の正面に「秋葉社」、右に「天照大神」左に「八幡宮」を祀っています。

太子堂

寺院・お堂
須坂の歴史、伝承

太子堂は、全国各地にありますが、須坂の太子堂はいつ頃から祀られ、現在のお堂がいつ建立したのかさえも確たる資料が残されていないのわかりません。

現在に残された数少ない資料を調べてみると、
元々「太子町」の地名は「太子堂」→「太子堂町」→「太子町」と時代と共に変わってきたのだそうで、

ふれあいの館しらふじ

歴史的建造物
須坂の歴史、伝承
須坂の町並み

この建物は江戸時代に須坂藩の要職を務めた浦野家が須坂藩邸の西隅を固めるように建てた建物で、明治初期に新築された3階建ての土蔵と大壁造りの長屋門が残っています。
以前は門の右側に3階建ての物見櫓があり、氷水屋が営まれた時代もあったそうですが、昭和40年に壊し改築されたそうです。

延命地蔵尊

寺院・お堂
須坂の歴史、伝承

この延命地蔵尊の言い伝えは次の通りです。

昔、高井郡の宗石という地籍に賛願寺という寺がありました。
延命地蔵尊はその寺に祭られていましたが、百々川の洪水により寺が流されてしまいました。

八幡屋金物店

歴史的建造物
須坂の町並み

八幡屋金物店が幅広い商品の取り扱いをし、物流が発達していなかった時代に沢山の商品を持っていたことがわかります。

土蔵は手前から「味噌蔵」「薪蔵」「鋳物蔵」「鉄蔵」と続き「文庫蔵」

三善牧家

歴史的建造物
須坂の町並み

三善牧家は牧新七家の分家で、現在の建物は牧茂助が明治期に建てました。建物の配置は本家(クラシック美術館)に似ています

須坂町道路元標

須坂の道標
須坂の町並み

横町通り(銀座通り)から「中町の辻」を左折して小布施へ向かった「谷街道」(写真右下から左下)と高山方面より新町通りを抜け「中町の辻」に着く

旧日滝銀行(須坂商業銀行)

歴史的建造物
須坂の町並み

明治30年に日滝村に「日滝銀行」として創業し、明治33年、この場所に「須坂商業銀行」に改称し移転しました。

信陽銀行跡

須坂の町並み
歴史的建造物

時を告げる鐘

須坂の町並み
歴史文化財

病院新道

須坂の町並み

信州医療センターと勝善寺を結ぶ「病院新道」、現在の本上町は「三区」と呼ばれた花街でした。

蝶の民俗館

歴史的建造物
須坂の町並み
公園・博物館

永年にわたって、蝶と人間とのかかわりあいについて調べてきた今井彰さんによって開館された博物館

笠鉾会館ドリームホール

須坂の町並み
公園・博物館
歴史文化財

毎年7月21日~7月25日まで開催される祇園祭<ギオンサイ>において町を練り歩く神輿<ミコシ>笠鉾<ギョウレツ>の展示施設

ふれあい館 まゆぐら

須坂の町並み
公園・博物館
歴史的建造物

市内に点在する「繭蔵<マユクラ>」は製糸工場が大量に仕入れた「繭」を保管する倉庫のことで、通風を良く、温度変化があまりない構造に作られていることが特徴の建物

墨坂神社 芝宮

神社

この墨坂神社の境内は、長野県北部では有数の広さであり、地元では「芝宮<シバミヤ>」と呼ばれて親しまれています。


今でこそ、須坂駅前より高山方面に続く駅前大通りがありますが、以前はこのような大きな通りは無く、芝宮へは、須坂銀座通りのなかほどにある参道から入るようでした。

浮世小路

須坂の町並み

車が一台やっと通れるほどの狭い道ですが、そんな所にも当時の花街としての面影を現在も見ることができます。