中世、現在の蓮生寺にはこの辺りの豪族「須田氏」の館があった。
そして、須田氏の館へと向かう道(蓮生寺参道)は村の中心道だったのです。
その中心道と交差する形で、道があり、その道は謙信道<ケンシンミチ>へと続く、軍事的にも大切な幹線道路だったのです。
その交差点に道祖神が置かれています。
この辺りに門でもあったのか、いつからか「大門の道祖神」と呼ばるようになりました。
同じ場所に道祖神は二つあり、片方は安永9年庚子年<カノエネドシ>(1780)と刻まれています。
もう片方には刻まれた文字などはなく、その形状より中世のものと思われるのです。
悪霊や疫病が村に侵入してこないようにと村同士の境界線に設置されることの多い道祖神。
村の中心で、しかも軍事的な意味合いの道の脇に置かれたのには意味があるように思えるのです。