現在、長野県須坂市井上地区には「県道須坂インター線」が通っています。
その「県道須坂インター線」が通る前は一本奥に入った「大笹街道」がメイン通りだったのです。
大笹街道<オオササカイドウ>とは
須坂市福島地区から始まり、二手に分かれ仁礼宿手前で合流。
群馬県吾妻郡<アガツマグン>の大笹宿まで続く江戸時代に「商人の道」「大名上列の道」として使用された道なのです。
井上集落内を東西に貫通する大笹街道は、中馬稼ぎ<チュウマカセギ>の人々も多く、合の宿(福島宿と仁礼宿の間の宿)のような性格をあわせもった集落でした。
中馬とは
馬に荷を乗せ目的地に荷を運ぶ業者で、目的地まで人馬を継いでいく「伝馬」と違い、直接目的地に運べるために商人に重宝された昔の運搬業者の事。
中馬が盛んになると自然と物流が盛んになり、商業も栄えます。
そのために18世紀には越後から上州までの煙草や米の取引をする商家もこの地区に現われていたとされています。
現在も井上地区の町並みには他の集落に比べて、大規模な屋敷構えの家がみられることからも、18世紀以降の井上地区の商業繁栄を感じることができるのです。
井上地区の大笹街道の中ほどに「道路元標」があります。
「右 仁礼草津道」
「左 須坂中野道」
と彫られ、裏には「明治20年十月 井上村」とあります。
ここが大笹街道の最初の大きな分起点と思われます。
右に行くと直接「仁礼宿」に向かい、
左に行くと「中町の辻」へ向かい各街道へ入る事ができるのです。
(もちろん大笹街道も含まれ仁礼宿にたどり着けます)
今は抜け道として使われるこの道は歴史深い道なのです。
普段通り過ぎているだけではもったいない、この井上地区を一度ゆっくり探検してみては如何ですか?