東横町

東山魁夷石碑

信州須坂町並みの会創立10周年を記念して建立された

長野県須坂市では、環境整備事業の一環で市内各地で道路整備が実施されています。
2005年の須坂病院付近の整備では横町中央交差点は大きく変化しました。
その変わり様には訪問者も戸惑いをみせるほどです。


1998年、信州須坂町並みの会設立10周年記念として、横町中央交差点広場に「馬車ゆっくり走れ!」の詩碑が設置されました。

この文字を書かれたのは日本画家の東山魁夷<ヒガシヤマカイイ>氏。
1933年から1935年までドイツに留学していた画伯は、36年ぶりにドイツを旅した際の紀行書の題名です。

その本の中で、メルンという町に伝わる次の話について紹介をしています。



馬車で旅をしている男が、道の途中の村で道化者ティル・オイレンシュピーゲルに尋ねました。

「隣町まであとどのくらいかかる?」

旅人と馬車を見たティルは答えました。

「もう日も傾いて来たしね、お前さんがゆっくり行くんなら今日中に着けるだろうよ。でも急いだら明日になるね。」

旅人はからかわれていると思い、馬に鞭を打って走り去った。


しばらく進むと、先ほどの旅人の馬車は車輪が外れ、道端の溝に転げ落ちていた。
修理をするのに、町に戻らなければならない。
車輪が外れた馬車を支えて、町に戻ったのは深夜になっていた。


朝になって馬車屋に行くと、またあのティルがそこにいて言った。

「やれやれ、だから云わんこっちゃない、ゆっくり用心して走ってりゃとっくに町に着いてただろうに。」



当初この石碑には東山魁夷画伯によって翻訳されたドイツのローテンブルク市にあるシュピタール門に刻まれた一文「歩み入る者に安らぎを、去りゆく人にしあわせを」を刻む予定でした。
このことについて、画伯に問い合わせをしたところ、この一文は群馬県草津町の町民憲章として制定されていたので使うことが出来ないという返答がかえってきたそうです。
石碑建立をあきらめかけていたところ、須坂市の町並みのためにと多大なる寄付が集まり、これに奮起した会はもう一度画伯に申し出をしました。

そうしたところ、この一文の題名となっている「馬車ゆっくり走れ!」を使ってはどうかと画伯から提案があり、この碑の建立に至ったのです。

信州須坂町並みの会の青木廣安氏が

「歩み入る者に安らぎを、去りゆく人にしあわせを」

について、須坂を訪問された方々にも、訪問されたことによって多少なりとも訪問前よりも須坂に興味も持っていただける、「者」から「人」へ、歩み入る時は者(物)なのが去りゆく時には人(人格者)になっている。

そんなコミュニケーションがとれる案内ができたらいいなぁ
という話をしていらっしゃったのがとても印象的でした。




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