立町

子育て呑龍

須坂市立町公会堂の敷地内に「呑龍上人<ドンリュウジョウニン>」本像の模刻が町の氏神として安置されています。

氏神<ウジカミ>とは、本来その土地に住んでいる一族を守護する神のことで、立町の「呑流さん」の場合、この地域に住む人々(子供達)の守護を祈祷<キトウ>するもので「産土神<ウブスナノカミ>」に近いと思われます。


呑龍上人は歴史上に実在した人物なのですよ!(知っていましたか?)
上人は弘治2年(1556)に武蔵国埼玉郡(現埼玉県春日部市)に生まれました。
増上寺(東京都港区)で修行した後、大善寺(東京都八王子)の住職を務めたそうです。



慶弔18年(1611)に徳川家康によって一族の繁栄と始祖新田義重を追善供養するために、呑龍上人を迎え「大光院」を開山したのです。



江戸幕府建立までの度重なる戦火によって世の人々の心は乱れ、そこに天災も重なるなどし、生活苦の為に捨て子や間引き(乳飲み子を殺す)などの非道が横行していました。

呑龍上人は、そんな世の中を心配し、捨て子や貧しい人々の子供を弟子という名目で寺に受け入れ、寺の費用で養育したのだそうです。
そのようなことから呑龍上人は「子育て呑龍」として信仰を集めているのです。

立町の呑龍上人像は大正10年頃に近隣町内の子供達が病無く健やかに育つようにと願い安置されました。

僕は立町出身です。よく公会堂も利用しました。
そのせいか「どんりゅうさん」の名はよく耳にしていたのですが、どんな人物なのか、どうしてここにあるのかは恥ずかしながら今まで知りませんでした。
やはり先人の思いを後世に伝えていくためにも郷土史の勉強は大切ですね。

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