須坂市穀町の太陽誘電モバイルテクノロジープロダクツ株式会社(富士通須坂工場)の南側の一角に、明治時代末に建造された升一田中製糸以来の迎賓館が残されています。
升一(升田屋)田中製糸は、明治12年に田中新蔵が20人繰りの製糸場を創業した製糸工場。
日本で初となる製糸結社、「東行社」にも入り、最盛期には従業員が650人にもなった大きな製糸工場でした。
明治末には東行社の総生産量の半分を占めていたというから驚きです。
大正9年の第一次世界大戦後の恐慌によって経営が傾き、大正11年に片倉組製糸と合併しました。
北側にあった大きな繭倉庫は現在はありません。
現在まで残されている迎賓館は、疑洋風建築で、洋風でありながら瓦葺という建物です。
大正12年にアメリカから絹業視察団が須坂に来た際に、この迎賓館の庭で記念撮影をおこなったエピソードも残されています。