屋部町の「准胝観世音堂<ジュンテイカンゼオンドウ>」の敷地内にある桜が満開になっています。
「准胝観世音堂」のある場所は昔、伝染病で方を火葬する場所でした。大正13年に町営の火葬場ができたので、死者を葬ろうとのことで「准胝観世音堂」を建てたのだそうです。
戦後には幾人かの浮浪者が床下に住みついたなどともいわれています。
場所は屋部町でも管理は横の小山町という理由からか建造当初から長年放置されていたのだそうです。大正時代前に行われてきた4月17日の祭りも行われずにいたそうです。
昭和41年に屋部町誌に「准胝観世音堂の由来と歴史」が掲載されると「准胝観世音」は注目を浴び始め、昭和55年の区長が「みんなの参加で新しい町づくり」を提唱をきっかけにそれ以来、現在まで毎年4月17日に春祭りが行われるようになったのです。
以前の紹介でも述べたとおり「准胝観世音」は誰でも差別なく祈願成就されるといわれ、
特に「心の働きを洗浄する仏」
「子授けの観音」
「子育ての観音」
として深い信仰を集めています。
満開の桜の樹の下で近くの小学生が手を合わせている姿がとても印象的でした。