須坂市を見学する

日滝・ 神社

建御名方神社

仁礼・ 須坂の町並み

仁礼宿 青木家

須坂・ 石神・石仏・寺院・お堂

子育て呑龍

須坂・ 建築物について・神社

芝宮神社の手水舎

小山・ 石神・石仏・須坂の道標

屋部町の道祖神

須坂・ 須坂の町並み・須坂の歴史、伝承

須坂教会

井上・ 石神・石仏・寺院・お堂

浄運寺のお地蔵さん

井上・ 神社

小坂神社

延喜5年(905)に書かれたこの法令の施行細則を集大成した古代法典で「延喜式<エンギシキ>」があり、「小坂神社」はそこに記載された神社なのです。歴史が深いなぁ・・・

この「延喜式」に記載されている神社を「式内社<シキナイシャ>」とよんでいますが、高井郡の式内社は6社あって、その内社名と社地が確定している神社は「小坂神社」だけなのだそうです。これまた貴重。

小山・ 神社・石神・石仏

三峰神社

須坂・ 石碑・文学碑・須坂の町並み・須坂の歴史、伝承

東山魁夷石碑

野辺・ 神社

椚原豊守神社

広域・ 建築物について

T字型の町屋敷

須坂・ 須坂の町並み・神社・須坂の歴史、伝承

墨坂神社芝宮参道

この灯籠には十二支の彫刻がしてあり、お宮側より酉<トリ>から始まり未<ヒツジ>まであります。
酉の灯籠は昭和8年に建てられたもので、順に戌<イヌ>が昭和9年、亥<イ>が昭和10年・・・と続きますが、昭和18年に

仁礼・ 須坂の町並み・須坂の歴史、伝承

仁礼宿

明徳・ 神社

邑守神社

村石町には立派な鳥居を持った大きな神社があり、それは諏訪社の「邑守神社<ムラモリジンジャ>」なのです。

「邑守神社」の祭神は「建御名方富命<タケミナカトミ>」で、祭日は春季4月26日、秋季10月3日となっています。

八町・ 神社

霧原大元神社

須坂・ 寺院・お堂

柳島山 勝善寺

今でも全国の真宗大谷派寺院の中でも8ヶ寺に数えられるほどです。
勝善寺は、創建地の柳原より須坂市の八町に移り、元和9年(1623)に須坂藩主の招きによって現在地に移りました。


第16代住職の大明院真兼(小沢左膳)は、享保20年(1735)に勝善寺14代住職海秀の4女のもとに婿にきました。真兼の母は、水戸光圀の曽孫にあたることから

坂田・ 神社

坂田神社

坂田神社は通称「狐宮」と呼ばれるのも「稲荷社」が境内社として祀られているからなのだそうですよ。

なんだか沢山の神様が祀られている神社なのですね。<

須坂・ 神社・石神・石仏

三社

祠の周囲に石垣を廻らせた約100㎡の境内の正面に「秋葉社」、右に「天照大神」左に「八幡宮」を祀っています。

豊丘・ 公園・博物館・歴史文化財

旧園里学校

平成5年に須坂市指定有形文化財に指定された須坂市豊丘の「旧園里学校」は、明治6年に小山村(現須坂市大字小山)の「止善学校」の支校として灰野村地蔵堂に開校しました。

中島・ 神社

中島町の諏訪神社

須坂市には、諏訪大社の御分社が17社あります。
現在も「諏訪神社」と呼ばれている神社は2社で、1つは豊丘の灰野にあり、もう1つがこの「中島の諏訪神社」です。

福島・ 石神・石仏・須坂の町並み・須坂の歴史、伝承

福島宿の馬頭観音騎乗像

須坂市福島町は北国脇街道の主要宿駅、大笹街道の起点として栄えました。

福島町の北入口の堤防横に「馬頭観世音」があります。
昔の資料で見ると「馬頭観音騎乗像」となっていますが、どちらが正しいのかはわかりません。

広域・ 須坂の歴史、伝承・須坂の町並み

裏川用水

須坂で製糸業が栄えた理由として、
・須坂には谷街道、草津街道が合流する辻(中町の辻)があり、関東に繋がる大笹街道が通っていることで近隣都市からの物資が集まり易かった。
・須坂は昔から米粉や菜種油などの加工業が多く、各個人商店の裏に水車を設けてあり、その水車を利用しての器械製糸に転換しやすかった。

豊丘・ 寺院・お堂

離山不動尊

200年程前に畑を荒らす暴れ牛を静める事を願って、「目黒不動尊」祀ったものだと伝えられています。

離山の入り口にある鳥居(写真)をくぐり、「目黒不動尊」を奉っている杜へつながる山道を1キロ程登るのですが、これがなかなかキツイ。
杜の手前には展望台があ

須坂・ 寺院・お堂・須坂の歴史、伝承

延命地蔵尊

この延命地蔵尊の言い伝えは次の通りです。

昔、高井郡の宗石という地籍に賛願寺という寺がありました。
延命地蔵尊はその寺に祭られていましたが、百々川の洪水により寺が流されてしまいました。

福島・ 神社

天神社

長野県須坂市福島町は北国脇街道の主要宿駅、大笹街道の起点として栄えました。
しかし明治時代になり宿場の廃止や水害により当時の人々の心は動揺荒廃していたそうです。

そのようなことで力を落とした福島の町は新しく養蚕・蚕種業で賑わいを取り戻しました。

坂田・ 須坂の道標

三原道の元標

須坂市街より国道406号を仁礼、豊丘方面に行く途中、左側に小さな石でできた「元標」があります。

これは「三原道<ミハラドウ>の元標」と呼ばれ、「中町の辻」より伸びた大笹街道である仁礼道から北上州へ向かう「三原道」が分岐する地点を示し、昔の通行者の「道しるべ」に使われたものです。


正面に「右

亀倉・ 神社

亀倉神社

須坂・ 歴史的建造物・須坂の町並み

八幡屋金物店

八幡屋金物店が幅広い商品の取り扱いをし、物流が発達していなかった時代に沢山の商品を持っていたことがわかります。

土蔵は手前から「味噌蔵」「薪蔵」「鋳物蔵」「鉄蔵」と続き「文庫蔵」

須坂・ 歴史的建造物・須坂の町並み

三善牧家

三善牧家は牧新七家の分家で、現在の建物は牧茂助が明治期に建てました。建物の配置は本家(クラシック美術館)に似ています

須坂・ 須坂の道標・須坂の町並み

須坂町道路元標

横町通り(銀座通り)から「中町の辻」を左折して小布施へ向かった「谷街道」(写真右下から左下)と高山方面より新町通りを抜け「中町の辻」に着く

須坂・ 歴史的建造物・須坂の町並み

旧日滝銀行(須坂商業銀行)

明治30年に日滝村に「日滝銀行」として創業し、明治33年、この場所に「須坂商業銀行」に改称し移転しました。

須坂・ 須坂の町並み・歴史的建造物

信陽銀行跡

須坂・ 須坂の町並み

病院新道

信州医療センターと勝善寺を結ぶ「病院新道」、現在の本上町は「三区」と呼ばれた花街でした。

小山・ 須坂の町並み

青木小路

須坂・ 歴史的建造物・須坂の町並み・公園・博物館

蝶の民俗館

永年にわたって、蝶と人間とのかかわりあいについて調べてきた今井彰さんによって開館された博物館

小山・ 寺院・お堂

臥竜山 興国寺

明応2年(1493)に天英祥貞和尚が開山した寺、臥竜山興国寺

小山・ 季節の風景・イベント・公園・博物館

臥竜公園

長野県須坂市にある「臥竜公園」は、大正15年に本多静六林学博士によって設計された

須坂・ 須坂の町並み・公園・博物館・歴史文化財

笠鉾会館ドリームホール

毎年7月21日~7月25日まで開催される祇園祭<ギオンサイ>において町を練り歩く神輿<ミコシ>笠鉾<ギョウレツ>の展示施設

須坂・ 須坂の町並み・公園・博物館・歴史的建造物

ふれあい館 まゆぐら

市内に点在する「繭蔵<マユクラ>」は製糸工場が大量に仕入れた「繭」を保管する倉庫のことで、通風を良く、温度変化があまりない構造に作られていることが特徴の建物

須坂・ 神社

墨坂神社 芝宮

この墨坂神社の境内は、長野県北部では有数の広さであり、地元では「芝宮<シバミヤ>」と呼ばれて親しまれています。


今でこそ、須坂駅前より高山方面に続く駅前大通りがありますが、以前はこのような大きな通りは無く、芝宮へは、須坂銀座通りのなかほどにある参道から入るようでした。

小山・ 須坂の町並み

「牛の乳」の鏝絵

劇場通りを登っていくと右手に写真の「鏝絵<こてえ>」を見つけることができます。

この鏝絵の名前は「牛の乳」。劇場通りを登っていくと右手に写真の「鏝絵<こてえ>」を見つけることができます。

この鏝絵の名前は「牛の乳」。

須坂・ 須坂の町並み

浮世小路

車が一台やっと通れるほどの狭い道ですが、そんな所にも当時の花街としての面影を現在も見ることができます。